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2013/10/11

『気になるアイツ』

Tweet ThisSend to Facebook | by 図書館スタッフ
先日読んだ西加奈子さんのエッセイの中に、『(蛾の)扱いだけは、未だにわからない』
という一文があった。まさに!私も!蛾という生き物と、どうつきあって良いのか
わからないでいる。

虫全般がとても苦手だ。ビジュアルの不気味さはもちろん、急に飛んだり(もしくは跳んだり)、
素早く動いたり、こちらの予想を裏切る行動も恐ろしい。
しかし、蛾についてはちょっと違う。なんといっても、奴は動かない。
あの動かなさは尋常じゃない。
周囲の壁を叩こうが、しがみついている足をつつこうが(網戸にくっついた場合)、全く動じない。
まるで、動物であることを放棄してしまったかのようにすら思える。無駄に大きかったり、
きれいな(というよりは毒々しい)色をしていたりする奴がいるのも訳がわからない。
だからといって、全くやる気がない訳ではないらしい。
私は、蛾のやる気な一面を目にしたことがある。

それは、2年前の今頃の季節のこと。
家に一匹の蛾が入り込んできた。
気がついた時には、奴は天井に近い壁の隅にへばりついていた。脅威を覚える程大きくはないが、
かといって見過ごす程小さくもない。
虫が嫌いな私は、奴をおっぱらってくれるよう夫に要請した。
すると夫は、信じられない、という顔をしてこう言った。
「この大嵐の中、ようやく安全な場所に避難してきたあの小さな生き物を、外に出せと?」
一瞬私は、『この人おっぱらうのが面倒くさいのでは…』と思った。だが、確かに窓の外には
〈大型で勢力の強い台風〉が到来している。
この風ではあっという間に飛ばされてしまうに違いない。
奴は他の虫たちと違ってそこにいるだけだし、まあ嵐が去るまでは、と、しぶしぶ
そのままにしておくことになった。
やはり面倒くさかったのだろう、嵐が去っても夫が蛾をおっぱらうことはなく、
奴は我が家に滞在し続け、いつしか『ガーコ』という名称まで獲得した。
ガーコは、微塵たりとも移動する気配がない。私はだんだんと不安になってきた。
妹の家では、入り込んだ蛾が障子の桟に卵を産みつけたといっていた。それは困る。
そもそも生きているんだか死んでいるんだかわからない。あの場所で息を引き取り、
真下にでも落下されたら回収が困難だ。しかし、目立つ所に出てこられて、
はだしで踏んでしまうのも避けたい。
私はガーコに、おとなしくしていればこちらから積極的な攻撃はしないこと、
気が変わったら速やかに退去すること、そこで産卵はしないで欲しいこと、
万が一最期の時を迎える際は、視界に入る範囲で、しかしなるべく隅っこで
その時を待つようにということを話してきかせた。当然のことながら、
了承の反応は得られなかった。
考えてみれば、ガーコは我が家に来てから何も食べていない。このままでは、
図らずも餓死ということもあり得る。せっかく避難してきたのに餓死するのも不憫な気がして、
その夜、ガーコに食事を供することを決めた。とは言え、蛾が普段何を食べているのかなど
さっぱりわからない。何となく蝶っぽいところもあるし、花の蜜かな?ということで、
蜂蜜を与えてみることにした。
底を残して切り取った紙コップに、蜂蜜を一匙いれ、うちわの上に載せて間接照明のポールに
結びつける。ちょっとしたエサ台といったところだ。現在ガーコが滞在している場所からは
若干距離があるが、他に適した所がなかったのだから仕方ない。
少しの衝撃では落ちたりしないよう強めに固定し、ガーコに「ここに蜂蜜置いとくよ」と声をかけた。
夫は、呆れているようで、だいたい蛾は蜂蜜なんて食べないよ、とつぶやいていた。

そして深夜。
居間でゲームをしていた夫が、「ガーコが!ガーコが!」と寝室に飛び込んで来た。
急いで居間に行ってみると、明かりを落とした部屋の中、間接照明に照らされるガーコ。
いつもべたりと開かれていた羽は、背中で一つにまとめられ、ピンと立っている。
6本の脚は紙コップのふちをがっしりとつかみ、普段は俯きがちな顔も、
しっかりと上げられている。そして、その口元からは、はちみつに向けて、
くるくるしたストローのようなものが伸ばされていた。
夫によると、ふと気が付いて目を向けたら、もうここにいたそうだ。
「何でここにはちみつがあるってわかったんだろうね。においかな。」「うん。」
「っていうか、吸ってるね。吸うんだね。はちみつ。」「うん。」
「やる気をだせば出来る子なんだね。ガーコも。」「うん。」
私たちは、ガーコが蜂蜜を一心不乱に吸う様子をただひたすら見守った。照明の具合で、
ガーコの眼が赤く爛々として見える。深夜の変なテンションも手伝って、
少し感動すらしてしまいそうだった。

翌日。
外出から戻ると、ガーコは定位置にいなかった。代わりに、玄関照明付近を落ち着きなく飛び回る
一匹の蛾。体中にみなぎる力を、どうしていいのか持て余しているようだ。
はちみつは、少し刺激が強かったのかもしれない。
あまりに邪魔くさいので、ようやく夫もおっぱらうことを決めたようだ。ガーコは、前夜
自分のエサ台として使われたうちわにより、外に追い出された。
煌々と輝く月の夜、ガーコは名残惜しむ様子もなく、夜の街に飛び去っていった。
恩返しに来たりして、との考えが一瞬頭をよぎったものの、たくさんの蛾が押し寄せてきたら
たまらないな・・・と、ガーコの後姿に「恩返しとかいいからね。」と呼びかけておいた。

その後、家内で蛾の幼虫が大量発生することもなかったから、結果的に、産卵もせず、
こっそり死んだりもせず、大して暴れたりもせず、自主的に退去すると、ガーコは
こちらの要求を全部呑んでくれた。蛾と心が通じ合ったとは思わないが、なんだかあれ以来、
蛾に対しては、好きでも嫌いでもなく、なんか気になるという、微妙な距離感でいる。
とはいえ、外に置き去りにした傘の中で死んでいたりすると、やっぱり嫌だけど。

●西加奈子さんのエッセイ集はこちら: 『ミッキーかしまし』(914.6/ニ)
 
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