| 2010/07/12 | 我が家の味はお母さんの味 | | by 図書館スタッフ |
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我が家の隣(正確には斜め向かい)には、私が心から慕っている"お母さん"がいる。
私がこの女性を"お母さん"と呼ぶのには訳がある。
恰幅のいい体に馴染んだエプロン姿、
ガハハッと豪快に笑う姿はまさに"肝っ玉母さん"ということもあるが、
頻繁に差し入れてくれる料理が私にとってまさに"お母さんの味"だからだ。
以前まで、お母さんはご主人と息子夫婦、そして2人の孫の6人で暮らしていた。
しかし、数年前に息子さんが突然急逝したことで、ご主人と2人暮らしになった。
それまで共働きの息子夫婦に代わって家事全般を引き受けていたせいか、
2人暮らしになってもおかずを作り過ぎてしまうと言い、
我が家に料理の御裾分けが時々届くようになった。
この料理がまた美味しく、しかもどこか懐かしい味がする。
舌にも胃袋にも脳にも優しく染み渡るその料理のお礼に、
料理ベタな当方からは食材や地方の特産品などを届けた。
すると、それがまた美味な料理になって戻ってくる。
そんなやりとりを繰り返すうちに、車で買い物に一緒に出かけたり、
庭仕事を手伝ったり、家にあがりこんでお茶を飲みながらおしゃべりをしたり、
と楽しい時間を共有できる歳の離れた友人同士になった。
おととし、ご主人が亡くなってからお母さんはひとり暮らしになった。
一時は豊満な肉体が縮んでいくにつれ周囲は心配したが、
「ダイエットになった」と復活して以来、作る料理は完全な自分志向となり、
好きな揚げ物が増えて味つけはさらに甘くなった。
その料理が毎日のように届くのは大変嬉しいことなのだが、
「コレステロールが高いから揚げ物は控えた方がいい」と忠告すると
「私は食べたくないけど、あんたが揚げ物作らないから作ってあげているんだ」と反発され、
「味つけの砂糖はもう少し控えても」と提案すると
「血圧高いからあんたが塩分控えろって言うから、塩の代わりに砂糖を多めにした」と返してくる。
そんな会話の一つひとつも愛しい。
「温泉にでも行こう」と誘ったら「まずお母さんと行って来なさい」と言われて、
数十年ぶりに親孝行旅行を実現した。
これもすべて、隣のお母さんのおかげと思っている。
年齢差のある女性の友情を描いた『万寿子さんの庭』(黒野伸一著 小学館)
を読んだときは涙が止まらなくなったが、果たして私はお母さんに何をしてあげられるだろうか。
そんなことを考えながら、「てんぷら揚がったよ~♪」と庭越しにお母さんの声を聞くと、
お皿を抱えて今日も友の家へと駆けていく私なのである。