2010/11/01 | 「すこーん」と「ぬうっ」と絶景と | | by 図書館スタッフ |
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仏像が好きです。
と言っても、勉強して様式等にくわしいというわけではなく、
真摯に見つめて敬虔な気持ちになるということもなく、
関心はもっぱら有名どころのきれいなお顔の仏さまにばかり向いていますから、
仏像好きを名乗るのはおこがましく、仏像ミーハー、というべきかもしれません。
ミーハーたる私が好きな仏像といえば、どうしても京都や奈良に集中していますから、
そう気軽にちょくちょく見に行くわけにはいきません。
そこで、写真集や「仏像の見かた」といった本を時おり借りてはぱらぱら眺めているのですが、
ある時、いつも見ている仏像関係の本の棚ではなく旅行記やガイドブックのコーナーで、
『晴れた日は巨大仏を見に』(宮田珠己著)という本を見つけ、興味を惹かれました。
巨大仏というのは、大船観音とか高崎観音のような、野外にあるああいうデカい仏像のことです。
この本によると、昭和の終りから平成にかけての一時期、
なぜか巨大仏ブームというものがあったらしく、全国各地にぼこぼこ建立されたのだそうです。
ところが写真を見ると、この「巨大仏のある風景」というのがやたらとおもしろい。
たとえば、ごく普通の住宅地なのにその背後に、
突如、という感じでドーンと巨大な顔がそびえています。
まるで特撮映画のようなシュールさです。
こんなにオモロい光景がたくさん、知らないあいだに日本のあちこちで展開されていたとは。
著者は、なぜ自分は「巨大仏のある風景の妙さ」に惹かれるのか、
ということについてかなりまじめに分析・考察しています。
それはそれで興味深く読んだのですが、「何はともあれ巨大仏のある風景をこの目で見たい!」
という気持ちがむらむらと湧いてきてしまい、
くだんの本にお供をお願いして私も巨大仏見物(見仏?)に出かけることにしました。
行く先は東京湾観音。千葉県富津市の大坪山と云う山の頂上に、
東京湾を見下ろすようにして立っている観音さまです。
絶好のドライブ日和、と言いたい秋の日でしたが、
悲しいかな運転の出来ない私は電車と自分の足が頼りです。なぜ「悲しい」かと言うと、
この東京湾観音、距離的には東京からそう遠くないのに、電車で行くとなると少々不便だからです。
事前に調べてみたら、電車の本数が少ないうえに、
最寄り駅から約2キロとありました。しかも山の上です。
その、最寄駅のJR内房線佐貫町駅はなんとものどかな駅でした。
車ばかりがびゅんびゅん走って行く国道をしばらく歩くと目印の看板があり、
その指示に従って山道に入りました。山道といっても登山道のようなものではなく、
車の通れるちゃんとした舗装道路なのですが、歩いている人はおろか車もいない。
人家も店もないその道を歩いて登ること30分。
両側には木々が生い茂っていて見晴らしがまったく良くなく、
妙に曲がりくねった道のため方向感覚はおかしくなり、うっすらと不安が募ってきました。
(熊が出たらどうしよう‥)などとくだらない考えが次々と頭に浮かび、
ついには自分が途方もなくアホなことをしているような気がしてきて少々悲しくなりかけた、
ちょうどその頃合いで最後のカーブを曲がり、すると目指すソレが目の前にどん、と現れました。
「おお!出た!」悲しい気分など一瞬で吹っ飛び、感動。
着いてみればほかにも何組か見物客がいて、それどころか遠足らしい小学生の一団もいたりして、
なんだか狐につままれたようです。まあ、もちろん、車やバスで来たんでしょうけども。
この東京湾観音は高さ56メートル。
昭和36年の建立ということですから例のブームに乗ったものではなく、
歴史があるのにあまり有名ではないようです。
法隆寺夢殿の救世観音をモデルに造られたそうで、
スラリとしたところや手に珠を持っているところなど、確かによく似ています。
山の中なので隣にマンションが建っているとかいうこともなく、
シュールさはありませんが、すこーんと晴れた青空をバックにぬうっと立っているたたずまいは
やっぱりなんだか妙で、おかしくて、充分堪能しました。
延々と歩いてきた甲斐があったというものです。
そして、せっかくだからと像の胎内をてっぺんまで登って、
見下ろした東京湾の眺めのすばらしかったこと。
観音さまは50年近い日々、毎日この絶景を見ていました。
そしてこれからもずっと、自身も絶景の一部としてあり続けるわけだね、
たとえ少々妙だったとしても‥、と、なんとなく納得しました。
さて。次は高崎観音まで足を延ばしてみようか。
それとも本来のミーハーに戻って、奈良行きを目指すべく貯金に励むべきか。迷いの秋です‥。