温泉、好きですか?
もちろん私は、大部分の日本人とご同様に大好きです。
最近はあちこちに日帰り温泉ができて、遠くまで行かなくても気軽に
温泉を楽しめるようになったのはうれしいことです。
中央図書館の向かいにも『稲城天然温泉』がありますね。
源泉掛け流しの炭酸水素塩泉。切り傷ややけど等、それから美肌に効能あり。
せっかくご近所にありながら今までなかなか行けずにいるのですが、
ぜひその内に仕事帰りのひとっ風呂を楽しもうと思っています・・・・が。
20年以上も昔、夫と夫の母、まだ幼かった息子との4人で、
一泊の温泉旅行に出かけたことがありました。
そこはごく小規模な温泉郷で、旅館も2軒ぐらいしかなかったですから、
湯量がさほど豊富ではないのかもしれません。
では鄙びた一軒宿的な雰囲気かというと、まわりは普通の住宅地なのでそれもなし。
風情があるとは言えませんが、旅館自体はなかなか立派で由緒ありげな老舗でした。
貧乏性な人間というのは、「せっかく温泉に来たからには、なるべくたくさん入らないと
もったいない!」と思ってしまうものです。
というわけで、到着すると早速、夫と息子、義母と私に分かれて大浴場に出かけ、
広々とした湯船に手足を伸ばして、お約束通り「極楽極楽♪」などと言い、話好きの先客に
つかまって危うく湯あたりしそうになりながら、“第1回目”を堪能しました。
寝る前の“第2回目”は、疲れて先に寝てしまった義母を部屋に残し、3人で出かけました。
今度は、息子は私といっしょです。夜遅めな時間だったせいか誰もいず、
「こーんな広いお風呂にふたりだけだね~」などと言いながらのんびり浸かっていると、
突然どたばたと着衣のまま入ってくるヤツがいます。
誰かと思えばこれが夫で、「おい、こっち男風呂だぞ!」と言うのです。
もともと私は頭の回転が速い方ではありませんが、この時はたっぷり20秒ぐらい、
ぽかんと固まっていたような気がします。
そして20秒後。あんなに慌てたのは人生始まって以来、初だったかもしれません。
(なにしろ当時はまだ若かったので)
訳がわからないまま大慌てでばさばさと浴衣をまとい、荷物と息子をひっ抱えて飛び出し
(考えたら息子は素っ裸のままでした) 隣の浴室に飛び込みました。
今度は間違いない女湯の中でひと息つくと、先ほどの自分の慌て振りに、くつくつと
笑いがこみあげて来ました。
何もわからない息子も、いっしょになってけらけら笑っていました。
この当時よりさらに昔、旅行=団体旅行、それも、会社の慰安旅行、という時代がありました。
昔のことですから男性社員の方が数が多く、したがって、社員旅行とは即ち男性が多数を占める
団体の旅行、でありました。
そのような団体が多く泊まる旅館では、展望大浴場なんぞは男湯の方が断然広くて眺望も良く、
女湯は狭い上に下手をすると裏の塀に面していたりしたそうです。
しかし時代は変わって社員旅行など流行らなくなり、個人客、特に女性客を呼ばなければ、
旅館も商売にならないといった風潮になりました。
となると、せっかくの温泉なのに肝心の大浴場がそんなでは女性客は来てくれません。
と言って改装なぞすぐにできることではなし、困った旅館側は、広い方の大浴場→『○時~○時まで男湯、次の×時~×時までは女湯』というふうに、時間を決めて男女替わりばんこに使用するという苦肉の策を考え出したのです。
私たちが泊まった旅館がまさにそれだったのでした。
つまり、2回目の時は最初に入った時と男湯女湯が入れ替わっており、
当然表示はあったはずですが、そろって粗忽な夫婦はまるで気づかず、
思い込みというのは恐ろしいもので、疑うことなく“さっき入った方”に入ってしまったのです。
そして、幸か不幸かその時“男湯”は無人だったということでした。
では夫の方はどうだったのかというと、そちらには先客がいたのですが、
脱衣所にたまたま誰もいなかったため、やはりまったく気づかないまま堂々と
“女湯”に入って行って・・・
「ぎゃー!!!」と黄色い悲鳴を浴びせられ、びっくり仰天、こっちに駆け込んで来たという次第。
「でもさ、間違って女湯に入っちゃうなんて貴重な経験だったね」と後で夫に言うと、
「とんでもない!」結構本気でぷんぷん怒っていました。
「湯気がもうもうで何にも見えやしない。向こうからはよく見えたらしいけど」
翌朝の“第3回目”の時は、のれんをよーく確かめたのは言うまでもありません。
その後も、こういうのをトラウマと言うのか、初めての銭湯やプールの更衣室などの
慣れないその手の場所では表示をよくよく眺め、時にはそれでも足りずに耳をすませて、
中から女性の声が聞こえるとやっと安心して入るという体たらくです。
さすがに現在では、時間ごとに男湯女湯を入れ替えなければならないような造りのところなんて
ないでしょうけれど。
(あの旅館は改装したかしら)
でも、稲城天然温泉の脱衣所の前で耳をすませている人がいたら・・・
それは私かもしれません。