2013/08/02 | 夏なので、怖いおはなし。 | | by 図書館スタッフ |
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猛暑です。
「暑い暑い(怒)!」とつい口に出せば、それだけで身の周りの温度がさらに1、2度上がりそうです。
あまりの暑さにせっかくの休日も何もする気にならず、
だらだらと汗をかくだけで一日が過ぎてしまう(我が家にはエアコンがありません)、
ということが多いのです。
そこで、ひとつ心霊スポット的な場所に行って、怖い思いをしてヒヤ~ッとしてみようか、
という了見を起こしました。
と言っても遠くまで出かける根性はないので、近場で適当なところはないかと探してみましたが、
なかなか手頃な物件はありません。それではと手持ちの古いガイドブックを見ているうち、
ずいぶん以前に、この本を頼りに「八王子の絹の道」という場所に行ったことを思い出しました。
「絹の道」とは、幕末から明治の始めにかけて、
絹織物の大生産地であった八王子から横浜港まで、輸出用生糸や織物を運んだルートです。
一番賑わった時期には、生糸取引で巨額の富を成した豪商たちが道筋に屋敷を構え、
洋館もいくつかあったといいます。
峠の一番高いところに旅人や村内の安全を祈って道了尊を祀る「道了堂」というお堂があり、
遠方からも多くの参拝客が訪れたそうです。しかしそれほど繁栄したのもわずかな期間で、
明治の中頃に横浜鉄道(現在のJR横浜線)が開通すると、たちまち衰退してしまいました。
近年の宅地開発もあって、かつての絹の道の面影を残しているのは、
道了堂から鑓水という集落までの間のわずか1kmほど… というのがガイドブックに載っていたお話。
その時は、「絹の道」「日本のシルクロード」と、
名称のちょっとロマンチックな響きに惹かれて出かけたのでした。
ところが。軽いお散歩の気分でやって来た道了堂は、それはそれは怖いところでした。
「道了堂」と言いましたが、実際にはお堂はすでに取り壊されて、礎石だけが残っていました。
あとは雑草がはびこって荒れ放題です。
藪のようになっている中に石碑らしいものが折れて倒れているわ、
首のないお地蔵さんがたたずんでいるわ…。
だいたいが、鬱蒼と木が茂っているため、昼間なのにうす暗いのです。
ガイドブックに載っているぐらいですから、
まったく人の手の入らない放ったらかし状態ではなかったはずだと思うのですが、
とにかく冗談ではなく震え上がり、逃げるように小走りに山道を下りました。
その山道がすなわち絹の道なわけですが、
おかげで、目的だったその道の様子をほとんど覚えていません。
道の終点のあたりには往時の豪商の屋敷跡があって、崩れた石垣が残っていたそうですが、
それも見たような、見なかったような…。
もう一度あの場所に行ってみるというのはどうだろう。遠くないし(八王子市内です)、
1kmぐらいなら歩くにも手頃だし。今度は絹の道もちゃんと見て来よう。
思いつきが具体的になりました。
さて、当時と現在では交通事情も変わっているだろうから、
行き方だけはちゃんと調べておこうとインターネットで検索してみると、…ん?なになに?
「道了堂跡地…大塚山公園として整備され……石垣だけが残っていた屋敷跡には…
絹の道資料館が建てられ…」ですと??
この時点で、あの場所はもはやかつてのような怖いところではないのではないか、
という想像はつきましたが、「今さら後には引けぬ」という気分になっていて、
とある暑い暑い日、物好きにも出かけました。
すると。二十年ぶりに訪れたそこは、予想に反して、昔と同じように怖ろしかったのでした。
整備されたというだけあって、碑は起こされ、お地蔵さんも修復され、すべて整然としています。
記憶していたよりも広く感じたのは、下草がきれいに刈られているからでしょう。
なのに。どこもかしこも体ごと沈み込んでいきそうに「しん」と静まりかえっているのが、怖い。
お地蔵さんの前垂れの鮮やかな赤い色も怖い。
息をつめて、ぬき足さし足のようにしてそっとその場を離れました。
汗で濡れたTシャツが、すーっと冷たくなったのを感じました。
絹の道はごく普通の山道です。道幅は広くないし、未舗装で勾配もわりとあります。かつて、
生糸を積んだ荷車や、時には馬車がこの道を行き交っていたなんて、まるで夢か幻のようです。
お堂跡を離れるにつれて怖さは少しずつ薄れていきましたが、何かひっかかるものがあって、
気持ちのどこかがこわばっていました。終点の資料館に着くまでの1kmが、
ずいぶん長かった気がしました。
最初に行った時も、今回も、なぜあんなに怖かったのだろう?
単に、ほかに誰もいなかったからだろうよ、と言われれば、それはまあそのとおりなんですけど。
帰宅後なんとなくもう一度ネットを見てみると、 驚いたことに、
あのお堂跡はちょっとした心霊スポットとして近隣では有名な場所であるようなのでした。
いや、驚いたのはこの項目を見落として、
全然気づかないまま出かけてしまった自分に、なのですが。
暑さのせいか、よほど注意力が散漫になっていたとみえます。
ネット情報によると、あの場所は50年ほど昔、
堂守のお婆さんが強盗に殺されるという事件が起こった、まさにその現場だったのでした。
さらにその何年後かに、殺人事件の被害者の遺体が、
近くの山林で発見されたということもあったそうです。
で、お約束どおり、夜中にすすり泣く声が聞こえたとか、
写真に老女の顔が写っていたとかの報告多数。
な~るほど。私は事件のことは知らなかったし、霊感なぞまったく持ち合わせないけれど…
などと言うとそもそもの最初のもくろみと矛盾しますが、
さすがに何ごとか(怨念とか?) 感じるものがあったのだ。だからあんなに怖かったのだ。
…と、締めれば話はうまくまとまりますが、 何かが違う。
怖さの種類が違う、と言うか。
実は、お堂跡をうろうろしている時からずっと、
好きな小説の中の一節が頭の中に浮かんでいました。
ある登場人物の、山は畏怖い(こわい)ものですよ、という言葉です。
「…山は、たとい小さな山であってもね、それはあまたの生命の集まりなのです…
…山は山を構成する多くの生命ごと完結した、ひとつの生き物なのでございますよ…
…山に入った者は、余計な異物として排除されるか、山の生命の一部として同化するか、
いずれかしか道はない。」と続きます。
そう。 お堂跡でも、絹の道を歩いていた時も、
無数の小さな何者かがじっとこちらの様子をうかがっていたような。
たいそう研ぎ澄まされた感覚の持ちぬしである私、みたいな自慢をしているようですが、
それはもちろん違うのですが、その「もの凄い感じ」の何百分の一ぐらいかを感じた、
ということでしょうか。
高くも、深くもなく、整備されて住宅地の中に残された小さな山だけれど、
あれは生きている山なのだ。…と、思ったのでした。