2011/09/04 | 天災は忘れた頃にやってくる | | by 図書館スタッフ |
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9月1日は「防災の日」ということで、改めて東北大震災を思い出してみた。
3月11日2時46分、私は電車の中で発車を待っていた。
突然、車両ごと倒れるのではないかと思うほどの揺れ…
それでも、そのうち電車は動き出すだろうと思っていた。
それが今までの私の地震に対する知識と経験に基づいた想定だった。
しかし1時間ほど経つと、どうもいつもの地震とは違う。
駅の構内から出るようにとのアナウンスがあり、駅のシャッターが閉まった。
大勢の人が外にあふれ出し、大スクリーンに映るニュースに釘付けになる。
映っていたのは、あの大津波の様子・・・でもそのときは、まだよく理解できていなかった。
なんとか歩いて自宅にたどり着く。
まさか一瞬にして日本がかわってしまうほどの地震だったとは・・・
自然の驚異の前では、人間とはなんと無力なものか。
多くの人がそう思ったに違いない。
津波の映像を何回見ただろう。
いとも簡単に人間のつくったもの、すべてを押し流す津波・・・
あれから約半年。
東京に住む私たちはほぼ元通りの生活に戻りつつある。
88年前の9月1日は関東大震災が起きた日だ。
1703年元禄大地震、1855年安政江戸地震、1923年関東大震災、そして2011年。
「天災は忘れた頃にやってくる(災害は忘れたころにやってくる)」という有名な言葉がある。
この言葉は実験物理学者にして文筆家である寺田寅彦氏(1878~1935)が
言ったとされている言葉である。
関東大震災を寺田氏自身も体験し、専門家として調査研究に奔走した。
寺田氏の随筆の中に「災害の直後の記憶が新しい間は危険地帯を避けて生活するが
記憶が薄れると共に生活の場が危険地帯へ進出して行き、
広がり切った頃に次の災害が来る」という趣旨のくだりがあるそうだ。
災害だから忘れた頃にやってくるのではなく、
忘れた頃にやってくるから災害になる。
記憶が薄れてから来るから災害になるのだ。
「大きな地震があった場合に都市の水道やガスがだめになるというようなことは、
初めから明らかにわかっているが、また不思議に皆がいつでも忘れている。」
これもまた、寺田氏が100年前に残した言葉である。
わかっているけど、忘れている。確かにそうだと思う。
参考文献
「寺田寅彦は忘れた頃にやって来る」松本哉著 集英社新書 2002 910.2/マ