その瞬間は、いつも突然やってくる。
つり革につかまって、ぼうっと電車に揺られているときかもしれないし、秋の夜長に一冊の
長編小説を読み終えて、ほっとひと息ついたときかもしれない。
あ。カレーが食べたい。
なんだかわからないが、ときどき無性にカレーが食べたくなるのである。おそらく妊娠中の
グレープフルーツとか、ストレス発散のチョコレートに近い感覚で、一度思うといてもたっても
いられなくなる。
自分で作るか、母親に作ってもらうのもいいのだが、外でカレーを食べるならここ、と決めて
いる店がある。中央線沿線のとある駅から、歩いて数分の商店街にある「本場印度カレー」
の店だ。
初めて入ったときは、食欲より不安が勝っていた。辛いのが大の苦手なのである。
子どもの頃に入った某カレーチェーン店では、お子様カレーを頼んだのにもかかわらず、
辛すぎて食べられたものではなかった。味のないごはんの白い部分と付け合わせの
ポテトのみの昼食という、文字通り味気ない記憶として脳裏に刻まれている。
が、その店は本当においしいからと信頼のおける知人に勧められ、数年前に入って以来、
すっかりはまってしまった。まず、辛さが四段階で選べるうえ、辛いのに辛くない。
なんというか、辛さより味のよさが勝っているので、気にならないのである。そして、
店員さんが全員インド人。オーナーらしき髭ダンディなおじさんは日本語ぺらぺら。
「辛さは」「ナンかライスか」「飲み物は」
字面だけだとおそろしくぶっきらぼうな印象だが、変に丁寧すぎて日本語がおかしくなって
いるどこかの店より、よほど好感がもてた。適当に放置、でもきちんと親切。
極めつけは、生まれて初めて食べた巨大なナンだ。まずその大きさに度肝を抜かれた。
下の皿が見えない。40センチは優に超えている。そして焼きたての小麦の香り。ふんわり
ぱりぱりもっちもちの食感。参りました、と誰にともなくこうべを垂れたくなるような、まさに
絶品の一言である。しかもランチはおかわり自由。だが、そのボリュームにいつも一枚で
満腹になってしまう。無念。
明らかにせり出したお腹をなでていると、絶妙のタイミングで食後のホットチャイを出して
くれる。辛いカレーのあとに甘いチャイを飲む。至福のひとときである。
これを書いている今も、次に行ったときは何カレーにしようかと考えている自分がいる。
おそらく3日以内に、私はあの店に行きます。