昨年末、スーパーマーケットに行ったところ、2ℓ で598円の日本酒をみつけました。
普段飲んでいるものの三分の一位の値段です。
「この酒がもし美味しくて、晩酌の主力選手になってくれたら、
我が家の家計にとって救世主的存在になる」と考え、
思い切ってケース買い（さらにちょっと値引きになるので）しました。
年末の慌ただしさの中で、正常な判断力が鈍っていたのかもしれません。

その日の夜、期待を込めてまずは常温で飲んでみましたが、どうもぼんやりしているというか、
ひっかかりがないというか、とにかく「救世主」と呼ぶにはちょっと弱いかなあ、という印象です。
しかし、そこは抜かりありません。
こんな時のために、グラス一杯分を冷蔵庫で冷やしておいたのです。
気を取り直し、「この酒は、冷酒として飲むと実力を発揮するに違いない」と、
自分に言い聞かせつつ飲んでみました。しかし、あまりピンときません。
レモン果汁を試しに少し入れたりしてみましたが、これもダメです。
ケース買いした日本酒が、自分の好みの味ではなかったという現実を前に、
深く心が沈みかけましたが、「常温と冷やがダメでも、まだあの方法がある」と気持を切り替え、
日本酒を温めて飲む、いわゆる「お燗酒」作りに、自宅で初めて挑戦することにしました。

翌日、日本酒に関する本や雑誌で情報収集すると、
一口に「お燗酒」といっても、温度の違いによる呼称の種類や、
様々な温め方（「お燗をつける」というそうです）があることがわかってきました。

『日本酒百味百題』（小泉武夫　柴田書店　588.5/シ）によりますと、
・日向燗（ひなたかん　三〇℃近辺）　・人肌燗（ひとはだかん　三五℃近辺）
・ぬる燗（四〇℃近辺）　　　　　　　　　・上燗（じょうかん　四五℃近辺）　
・熱燗（あつかん　五〇℃近辺）
・飛び切り燗（五五℃近辺　またはそれ以上）
といった温度によるお燗酒の分類があるそうです。

『日本酒をまるごと楽しむ』（松崎春雄　新風舎D596.7/マ）によりますと、燗酒には、
・温めることによってアミノ酸の分解が促され、味にふくらみが増す。
・温めた酒は、アルコール感が増すことから、飲むペースが緩やかになる。
といった特質がある点が挙げられていました。
また、日本酒の温度と人間の舌との関係については、
・（日本酒は）40℃前後で香りが程よくふくらみ、旨味も出てくる。
・人間の舌は、体温に近い35～40℃前後で最も甘味を感じやすくなる。
・逆に40℃を超えると、甘味に対する感度は鈍り、その分、味が引き締まって感じられるようになる。
との解説がありました。
日本酒の温度による味の違いについては、
ソムリエ田崎真也氏の著書『日本酒を味わう』（朝日新聞社　588.5/タ）に、
6種類の日本酒を常温・冷や・燗で飲み比べるという、興味深い実験の結果が報告されています。

お燗のつけ方については、「dancyu」プレジデント社（2012年4月）の日本酒特集号に、
いろいろな方法が紹介されています。いくつか例を挙げますと、
・お燗をつけた後に、常温の同じ酒を少し加える「戻し燗」
・アルコール度数高め、味に厚みのある酒にお燗をつけた後、
　お猪口一杯位の水を入れる「割り水燗」
・60℃前後まで温度を上げた後、氷水につけて45℃位まで急激に冷やす「急冷燗」 など
同誌の特集では、神楽坂や銀座の名店でのお燗のつけ方も紹介されていますが、
つけ方の違いはあっても共通しているのは、とてもお酒の温度に気を使っていることでした。

情報収集の後は、いよいよ実践です。鍋にお湯を沸かし、少し温度を下げてから、
徳利に入れた例の日本酒を投入し、湯せんしてみました。
温度が高くなり過ぎないところで見当をつけ（「dancyu」によれば、
専用の温度計を使うといいそうですが）取り出し、
お猪口で一口飲んでみると、味の輪郭がはっきりして、格段に美味しくなりました。
ありがとう、お燗！　あなたが「救世主」でした。これからしばらくは、飲み過ぎに注意しつつ、
いろいろな日本酒でお燗酒を楽しんでみたいと思います。