タイトル:『
電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。』
著者:伊藤 聡
出版社:平凡社
請求記号:914.6/イ
資料コード:612339305
自分がスキンケアを始めたのはいつだっただろう、とこの本を読んでふと思いました。
ニキビに悩まされていた中学生の頃、近所の薬局で薬用化粧水を買ったのが最初だったような……というおぼろげな記憶があります。その後、メイクを始めるとともにクレンジングをするようになり、肌の乾燥を感じる年齢になると乳液や保湿クリームなどを併せて使うようになった、ような。そして気付けば洗顔料の後に化粧水、乳液、化粧下地を順に塗り、それからメイクに取りかかるという一連の流れが自然にできあがっていて、そのことに疑問を持つことなく数十年が経過しています。それはひとえに、私が女性だったからでしょう。
では、これまでまったく化粧品に縁のなかったアラフィフ男性がスキンケアをはじめようと思い立ったらどうなるか。その挑戦を記録した「笑いと感動の体験記」が本書です。
加齢と不摂生からすっかり荒れてしまった肌をどうにか改善しようと一念発起した著者は、手始めに訪れたドラックストアで愕然として立ち尽くします。化粧水だけでも数え切れないほどの商品がある上、メーカーごとの違いも分からず、パッケージに書かれているのは初めて目にする謎の単語ばかり。「これまでセルフケアといえばサウナとジムの二択しかなかった」という著者にとって美容のハードルはあまりに高かったのです。
しかしこのエッセイの楽しい点は、著者がここでまったくへこたれなかった所にあります。
「美容沼」の深さを予見した著者はそれに怯むことなく、果敢に、貪欲に、そして楽しみながらどんどん知識を吸収していくのです。その姿はおかしみがあると同時に尊く、気付けば彼に共感し、応援している自分に気付きました。特に、お高めの洗顔料を買うため、少し良い服を着て緊張しながらデパートのコスメカウンターに行くくだり。社会人になりたての頃、自分も似たような経験をしたことを思い出しました。
最終的に、著者はスキンケアを通して心身を健康に保つことの大切さに気付いていきます。惰性でスキンケアをし、義務としてメイクをしていたような私はここでハッとさせられました。美容とは本来楽しいものであり、自分を労るためのものだったのだと本書は改めて気付かせてくれたのです。
軽妙な文体でサクサク読めて、美容の知識も身につく本書。肌のお手入れに興味のある男性だけでなく、スキンケアがすっかり日常の一部になっている女性にもぜひおすすめしたい一冊です。