著者:三上延
出版社:角川書店
請求記号:913.6/ミ
所蔵コード:612353402 他
「百鬼園(ひゃっきえん)」とは、大正、昭和に活躍した小説家、随筆家の内田百閒(うちだ ひゃっけん)の別号です。ウィキペディアの解説によれば「夢で見た光景のような不可解な恐怖を幻想的に描いた小説や、独自の論理で諧謔に富んだ随筆を多数執筆し、名文家として知られる。」さすがウィキ先生、仰る通りの独特な雰囲気の作風で、私の好きな作家の一人です。
が、その人となりは、裕福な造り酒屋の一人息子に生まれ祖母に溺愛されて育ったため、わがままで頑固で強情っ張り、そのくせ臆病で泣き虫の、要するにお坊っちゃん。あまり友人にはなりたくないタイプです。
…と思いきや、他方ではいたずらっ気やユーモアをふんだんに持ち合わせていて、特に法政大学教授当時の教え子たちからたいへん慕われたそう(百閒自身はこの「教え子」という言葉を嫌い、「学生」と言っていました。こんなところにも、妙なこだわりの強い偏屈さが表れています)。
矛盾だらけで、でもそこがなんともチャーミングな人物だったようなのです。
『百鬼園事件帖』は、百閒が高名な作家になる前、まだ「法政大学の内田教授」だった時期の物語。主人公であり視点人物の甘木は、百閒の教え子、じゃなくて学生。ひょんなことから百閒と親しくなり、行動を共にするうちになぜか次々と常識では説明のつかない怪異に遭遇し、巻き込まれていく…。
『事件帖』というタイトルから、てっきり百閒が探偵役を務めるミステリーかと思ったのですが、読んでみるとこれがなかなかにホラーだったのでした。ごく一部のご紹介ですが、甘木が突然猫に話しかけられる場面(ちなみに百閒の最後の作品のタイトルは『猫が口を利いた』です)や、ドッペルゲンガーがわらわらと登場するくだりなど、まさしく悪夢。不穏、不安、不可思議、不気味、不合理…等々、やたら「不」の付く言葉が満載の空気が漂う百閒の小説の世界そのものです。
ここまで百閒文学の世界を再現するとは。かつ史実を丁寧に踏まえ、さらに小説や随筆に出てくるさまざまなエピソード(机の上の文房具を大きい順にきちんと並べ直す、とか、借金しまくってるくせに恬として恥じず屁理屈をこねる、とか)をそこここにさりげなく挟み込み…、著者の三上延さんが内田百閒の熱烈な愛読者であることがよーくわかり、果ては、この作品がフィクションであることはもちろん承知しているんだけども「…いやこれ、実は本当にあったことなんじゃないか?」と思えてくるのでした。内田百閒とは実際にこういうひとだったのであり、始終このようなヘンな体験をしていたので(むしろ百閒自身が呼び寄せていたような…?)、後年ああいう不可思議な作風の作品群を生み出せたのだ……。
内田百閒がお好きなら必ず読まねば!な一冊だと思います。「ひゃっけん?誰?」の方も、ぜひこの本を読んで興味を持っていただいて、摩訶不思議な百閒ワールドに足を踏み入れてください。これをきっかけに百閒好きのお仲間が増えていったらとてもうれしいです。
内田百閒の著作
(第一図書館所蔵)
『百鬼園随筆』 請求記号:914.6/ウ 資料コード:411118313 (第四図書館所蔵)他
『阿房列車』 請求記号:915.6/ウ 資料コード:650012006 (中央図書館蔵)
他 多数あります!