タイトル:『坂本龍一選 耳の記憶 前編』(CD3枚)
請求記号:C7CQ/サ
資料番号:63031714-6
2023年3月に惜しまれつつ71歳で亡くなった、音楽家坂本龍一氏のクラシック音楽遍歴を幼少期からたどるアルバム。
雑誌『婦人画報』に2011年5月から2013年4月まで掲載された、全24回のクラシック音楽にまつわるエッセイと、それぞれの曲のイメージに合わせて写真家の田島一成氏が撮影した写真が添えられてリーフレットとなり、さらにそこで紹介された音楽がCDとして味わえるというもの。聴いて、読んで、見て楽しめるアルバム。
このアルバムにはおすすめポイントが大きく3つある。
1つ目は曲にまつわるエピソード
幼いころから母親と母方の叔父が所有していた数多くのレコードでクラシック音楽に親しんできた坂本氏、その後ピアノを習うようになって、実際に課題で練習した曲や作曲に関心を抱かせてくれた曲のことが綴られている。
特に、第1回では氏の音楽の原点ともなったバッハの『インヴェンション第1番』をとりあげ、
「“課題曲”なんて、ふつうは好きでなかったりするものですが、僕はとても嬉しかった。そのよろこびの感覚は、今も自分の体の中に残っています。好きになったのは、たぶん僕が“左きき”だったということが大きかったと思います。(中略)左手が右手以上に重要な役割をもって書かれているのが、子どもながらにすごく嬉しかった。(中略)この曲と出逢ったよろこびは、『生涯の友』に出逢った、真のよろこびといっていい」
と記している。このバッハとの衝撃的な思い出が小学2年生か3年生ころだったというのだから、坂本少年の豊かな感性と早熟ぶりがうかがわれる印象的なエピソードだ。
2つ目は曲の構成
前編ではこのほか23曲が紹介されており、ハ長調から順に24の調順に構成されている。第3回のモーツァルト『ピアノ協奏曲第20番 二短調』では、この曲もモーツァルトの『レクイエム』も
「彼にとって二短調は特別な調で、彼が二短調で書くときは、必ず悪魔的な側面が顔を出す」
と指摘している。確かに、曲には題名の後に○長調、もしくは△短調が記されている。調によって、曲のイメージがあるのだろう。あまり意識して聞いてこなかったなあ・・・
3つ目は彼の聴いてきた演奏者もしくはおすすめの演奏者の紹介
クラシック音楽は同じ楽譜を演奏しているはずなのに、指揮者や演奏者によって受ける印象が大きく異なるところに最大の魅力があると思う。それによって、音源さえ残っていれば古今東西にわたり幾通りも聴き比べというぜいたくな楽しみができるし、自分の「好き」を見つけることができる。
エッセイの中でも、彼が一番初めに出逢った演奏者や、その後たくさんの聴き比べをしてたどり着いたおすすめの演奏者を紹介してくれている。一つの曲からたくさんの出逢いに導いてくれているのだ。
このアルバムには『後編』(6303715-5)もあり、『後編』では、同雑誌に2013年5月~2014年10月、途中闘病期間を挟んで2017年11月~2018年4月までの全24回が掲載されている。こちらもぜひ!
Ars longa vita brevis.「芸術は長く人生は短し」
―坂本龍一氏が好んだヒポクラテスの言葉