書名『月下上海』 　
著者名：山口　恵似子
出版社：文藝春秋
請求番号：913.6/ヤ
中央図書館所蔵コード：611604526

昭和17（1942）年、上質の衣装をまとったスタイルの良い日本女性が上海港に降り立った。

彼女の名前は八島多恵子。祖父の代に興した海運業が当たり、今や日本で10大財閥の一つと言われる八島コンツェルンの令嬢にして、売れっ子画家。38歳で離婚歴あり。生まれてすぐに母と死に別れたものの、その母の養育係もしていた松子に孫同然の愛情を注がれ、礼儀作法・華道・茶道・書道・和歌と言った教養から薙刀まで仕込まれたおかげで、男子も負かす腕前をもっている。

多恵子にとって初めての上海を案内してくれる役割の中日文化協会の男性が、実は上海憲兵隊特高課の大尉で、多恵子の弱みに付け込んで、スパイとして中国人実力者の情報を探るよう依頼をすることから物語は大きく動き始める。知性も美貌も才能もおまけに富ももつ、誇り高き多恵子が人知れず抱え込んでいる弱さとは・・・彼女が幼い日から一筋に愛していた男性と結婚できたのに別れなければならなくなったわけとは・・・

物語の展開からも目が離せないが、この物語をより魅力的にしているのは舞台となる上海租界（租界とは外国人居住区のこと）の様子や多恵子のファッションだろう。

上海は黄浦江に面して、バロック風古典主義からアール・デコまでと多様性に富んだヨーロッパ建築のビルが摩天楼のように並ぶ。多恵子のお抱え運転手が運転するのはパッカード。衣装はカシミアのスーツ、ランバンのツィードスーツ、和服、チャイナドレス。小ぶりのスーツケースはルイ・ヴィトン。終戦の前後という時代を考えると、ため息が出るほどゴージャスだ。

もう一つの魅力は多恵子をとりまく男性たち。
伯爵家出身の父とフランス人の母を持つ人気ピアニストで多恵子の夫だった瑠偉。
力づくで多恵子を支配しようとする大尉の槙。
情報を得ようと多恵子が近づいた中国人の夏。
若き抗日運動家の黄。
恋多き男だったりﾄﾞＳだったりおじ様だったり熱血だったり、それぞれのキャラクターが持つ光と影にひかれる。

ノンフィクションだが、るるぶ片手に多恵子の足跡を追って上海を歩いてみたい、そんな気持ちにさせるエンターテイメント満載の一冊。