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雑草学のセンセイは「みちくさ研究家」

タイトル:『雑草学のセンセイは「みちくさ研究家」』
著者:稲垣栄洋
出版社:中央公論新社
請求記号:470.4/イ
資料番号:612373334




早いもので、コロナ禍で大変だったあの年からもう6年も経ちました。「STAY HOME」を叫ばれ、不要の外出はするなと言われていましたね。
もともと出好きではなく家に居るのが大好きと思っていた自分ですが、出てはいけないと言われると話はまた別で、気は滅入るし薄らぼんやりしてる時間が増えるし太るしで、良いことは一つもありません。「密を避けて自宅周辺を散歩するぐらいならまあ良し」的な見解が発表されたのを幸い、ひたすら近場を歩き回る日々を過ごしていました。


あの時期、私にとって唯一良かったことは、季節が春先だったこと。さまざまな雑草が次々に花を咲かせていく時期です。道端に咲いている小さな花たちの種類が順々に移り変わってゆくのを見ると気持ちが和み、人間どもがこんなにバタバタ大騒ぎしていようが、自然はいつもと変わらすに季節は巡っていくんだなあ、と心に沁みました。
以前から雑草の小さな花は好きだったのですが、この頃の毎日の散歩がきっかけで「単に好き」なだけでなく「少し詳しい」になりたくなって、図鑑で調べたりするようになりました。と言っても名前がわかるものが多少増えたぐらいな程度ですが、「うん、これはコメツブツメクサの花だな」なんて一人納得したりして、それだけのことがちょっと嬉しい。以来、今でも「わかりやすい本ないかな」(あまり専門的なものは手に余るので)と、ときどき植物学の棚を見に行ったりしています。
というわけで、棚でよく見る著者名として稲垣栄洋さんの名前を覚えました。


『雑草学のセンセイは「みちくさ研究家」』の著者の稲垣栄洋さんは、植物学者であり、大学で雑草学を教える先生でもあります。
ある時、学生から「どうして雑草を研究することになったんですか?」と質問された稲垣先生。「これはなかなか酷な質問だ」と先生は言いますが、この本はその問いへの答えのような気がします。


幼いうちから人生の目標を定め、一直線に邁進する人(スポーツ選手なんかに多い気がしますね)はそりゃカッコいいですが、そうでない人ももちろん大勢いるわけで。
著者は雑草一筋に研究をしてきた研究者ではないのだそうです。ご本人に言わせれば「みちくさを食ってばかりの人生」。
進学先は第一志望の大学ではなかったこと。熱心に聞いていたのだけれど内容はすっかり忘れてしまい、面白かったという記憶しか残っていない哲学の講義と先生……。冒頭にこんな話が出てきますが、こういったエピソード=みちくさの一つ一つが、雑草学者である現在の著者を作り上げてきたのだな、とわかってきます。そして人生を決定づけることになったのは、大学院に進む頃に研究していた植物。ではなくて、その脇に生えてきた雑草についての質問に対する指導教官の答えだった。傍で聞くとなかなかにドラマチックな話です。


終章のことばがまた刺さります。みちくさばかりだったけれど、ムダだったこと役に立たなかったことは一つもない。みちくさは面白い。すばらしい。みちくさのない人生よりも、みちくさのある人生のほうがずっとずっと面白いのだ、と。
こんな紹介のしかたをするとこの本はまるで著者の自伝のようですが、もちろんそうではなくて、「へぇ~、知らなかった!」と思わず声が出るような雑草に関する知識がたくさん紹介されています。雑草ってとても身近でありふれたものですが、それだけに「へぇ~」の驚きは深い。雑草に興味なんかないという方にも、ぜひ「へぇ~」を連発してほしいです。


最後に。もし生まれ変わって運良く大学生になれたとしたら、こんな先生に教わりたいな。